あの頃

車を買い替えるつもりだ。
感じたことは、基本的機能は同じだということ。
アクセル、ハンドル、ブレーキといった主要なもの変わらない。
変わるのは、ナビとかバックカメラとかいったハイテク装置だ。

使いこなせば、これほど便利なものはない。
渋滞情報を素早く手にいれ、回避するのもた易いとなる。
仕事には、時間と労力の節約になろうというもの。
ただ、自然の遊びにはどうかと思う。

目的のキャンプ地に難なく到着するだろう。
シートを倒せば寝室に変わるだろう。
雨が降れば車内に逃げ込めばいい。

じゃあ、なんのキャンプだ、となる。

年々便利なものに魅せられ、いつしか慣れ親しむ。
もう後戻りができないんじゃないか、と思う。
私自身がそうなんだ。


釣りの世界は不思議だなあ。
どれだけ歳を取ってもアキが来ない。
夢をいつも追いかけているようだ。
トキメキがいつもついてくる。

少年のときのトキメキは忘れない。
少年にとって、小さな川や小さな池は未知の世界だ。
母屋の裏庭で切った竹ざおと、駄菓子屋で買った針と
糸と浮きが道具の全てだった。
錘は釘の代用で充分なのだ。

餌のミミズは流しの排水桝を棒で掻いて、空き缶に
詰める。
釣りは一人でする遊びだった。
葦をかき分け、自分の釣り場を開拓するのだ。

ポチャン。
錘を沈める。
息を凝らす瞬間。
あのときのトキメキ、
少年を襲ったあのときの感動はいずこにあるのだろうか。

今の私は、
ボートに、スロープに、船外機に、旧式漁探に、
あり余る仕掛けと
ありり余る道具に囲まれている。


釣りの世界は不思議だなあ。
便利なものが無くてもいいやと思えてきた。
久しぶりにアジ専門に狙ってみました。
馴染みのサニー園には、いつもの小型ブロックがない。
最近、客の多くが求めるのは小型ブロック、ということらしい。
従って売り切れです。
まさに景気の悪さを実感しました。

さて、写真のアジは中型ですが、隠された真実を
申し上げましょう。
計4回です。
デカアジのアタリがありました。
惜しくも、全て口切れによるバラシです。

・・・毎回同じことを言っているようで