太公望
この船着き場は我家から対岸にあって、釣り人を
目撃しないほうが珍しい。
はたして釣れているのだろうかと確かめにやって
くると、たいがい肩透かしにあう。
たいして釣れないのに人が絶えないふしぎな場所
だ、ここは。

だから、自分より腕のたつ釣り客人が訪ねた時に
は、
「ここは、地元でも極秘の一級ポイントだよ」
とそそのかして、くやしい思いをさせてやるのも
イイかなと思ったりする。
対岸の船着場から小屋を望みます

10ケ月ぶりに「釣りは爆発」を味わおうと、海上に出
てみると、いるわいるわボ−ト釣り師があちこちに。
近づいて釣果を聞いてみると、がっくりの表情で,
「べらがチョットだけ」

そうだろう、そうだろう、そうなのだ。
そこらは底が砂地でなく磯場だからキスはいない
と思うのよ。
と、教えてあげようと思ったが、思うだけで口には
出なかった。

釣りたい一心で、気ははやくも好ポイントへ。
釣れるポイントは素直に教えないわ、釣果は自慢し
たがるし。 我ながら、ヤナ性格。
ちいさな入り江にたくさんのボ−ト

いままで単細胞のごとく船を走らせて沖へ沖へと
めざしていたのだが、結局釣れなくてやけくそで糸
をたらし、偶然にイイオモイをしたのがこのあたり。
沖に比べて風も波も少ない上に、景色がじつにのん
びりしている。

ちょうど入江と入江が交わるため、潮がうごき期待
できそうなのだがキス以外の大物はまだ釣れた例
なし。
アジなどの回遊魚は、湾内に幾重にも張り巡らされ
た定置網にからめとられて、ここまでたどりつけない
ようだ。
でもそのうちきっと、大物に出会いそう。
もう少し向こうが好ポイントなのだよ。
キスのサシミは絶品。
薄めの醤油をたらして、片身の半切れをまるごと口
に含むと。
こりっとした歯ごたえに、えびを連想させるような
ほのかな甘味。

「おいしさのバロメ−タ−は腹のすき具合にのみ」
といった幼稚感覚の小生でも、これは理解できる。
本当においしい。
こういう味わいは一人ではバチがあたりそう。
釣りたてのキスはサシミでいただきます。