仙人のごとく | |
お隣りの住人が亡くなったのは昨年の暮れのこと。 犬の吼え声がいつも聞こえていたのにどうしたのかと思ったいたのだが。あとで聞いた 話では遠く離れた伊勢の山中で行き倒れだったという。車はとっくに廃車にしていたか ら、とぼとぼ歩いていったのだろうか。 我が家の周囲は、とにかく人気のない所で夜などは不気味過ぎるくらいだが、そうした なかで隣りは、唯一人の気配を感じる所だった。 | |
粗末な小屋に一人暮らし。爺さんの貧相さと不釣合なぐらい大 きくて力強い犬が2匹。 むやみに吼えるので、散歩するときはポケットに石をしのばせ ていたくらいだ。 放し飼いにしていたから吼えながら後を追いかけてくるし、地元 の噂もよかろうはずがない。 いつの日か道路から敷地を眺めていたら、犬とともに血相を変 えて飛び出してきた。 まるで泥棒扱いである。 いままで何人もの泥棒を半殺しにしたと、息巻くではないか。 そのときの格闘で、犬の口周りが鮮血で真っ赤になるのだとか。 あまりの剣幕にビビッテしまい、狸の子供でも噛み殺したんじゃ ないかと想像する余裕もなかった。 だがやがて月日が流れ、爺さんも犬もめっきり老け込んで、 かつての威勢が無くなっていた。 私の顔をみただけで逃げていくのは、犬だけでない。 痩せこけているが、でも元気である。主食が天然の牡蠣じゃな いかと思うぐらい、いつも海で牡蠣を採っていた。 | |
手前に見えるのが、ゲストハウスというとこか 爺さんの話では、過去にご婦人をお泊めしたという。 | |
栄養たっぷりの牡蠣は命の源か。 その海に降りるのに我が敷地を通っていく訳だが、気づかれ ないように忍び足ですばやく通り過ぎる。それを見つけると可笑 しくて意地悪ゴコロが抑えきれなくて、大声で叱り付けてしまう のだ。 牡蠣採りに夢中になっていたときのことである。 そっと背後に忍び込み、入江中に響き渡るあらん限りの大声で 「だれだっー!」と、怒鳴ってしまった。 泡を食った爺さんは、咄嗟に逃げようとして岩から転げ落ち、 海にドブ〜ン。必死にもがいて、あやうく溺れさせるとこだった。 家を造っっている時のこと。 コンクリートミキサーを洗ったミルク色の排水が、道路に残って いたのを指して羨ましそうに言った。 「あんたエライもんや!温泉掘り当てたんか」 温泉宿でも建てると思ったのだろうか、まるで自分のことのよ うに無邪気に喜んでいた。 あれだけ威張っていたのに急に親しくなったのは、犬が二匹い た内、一匹が死んだあたりからだろうか。 | |
道路から、爺さんの本宅を垣間見ることができます。 とにかく敷地が広く、りっぱな庭木がたくさん植えて あり、家が埋没しそうです。 | |
ひょっとして、犬の死因では?と、後悔しないでもない。 というのは、敷地内の通路に決まって糞をするから、誤っ て踏みつける。腹立ち紛れに、釣り上げた猛毒フグを ワザと置いてみたが、いつのまにか姿を消していたのだ。 年をとって気も弱くなっていたのだろう。 夜中に、屋根でオバケが出ると、泣き出しそうな声で言う。 「ガリガリと屋根から音がして、もう怖くて怖くて・・・」 私も同じ経験があった。なんのことはない、鵜か、なにかの 鳥が屋根を歩いているだけなのだ。 職業は今がブームの古物商。ガラクタの一部を得意そうに 見せてくれた。だがすぐにガセモノだと分かった。 顔が合うと何を言い出すか分からないから相手にしなかっ たが、五ヶ所では唯一の隣人である。 テレビも電話も水道もなく、その日その日を自由に生きて いた仙人そのものだった。 |
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ここで、30年近く住んだのでしょう。 生活用水は雨水活用、省エネ生活の先駆者です。 まさに、シーマンとブッシュマンをぜいたくに 楽しんだに違いありません。 |