枯沢(かれさわ)基地

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穂高連邦を仰ぎ見る涸沢(からさわ)は青春の基地。
山岳部の後輩たちとの思い出が詰まっている。

五ヵ所湾を眼下に我が家は、老人の基地。
ここを枯沢(かれさわ)と呼ぼうか。
いまふたたび後輩たちが集い、
純粋でおろかな思い出づくりが始まるのだ。






後輩たちが来る日は「大雨・洪水・強風・波浪」警報。
前日に五ヶ所入りしたワタシは、のんびり過ごすつもり
だったが、そうはいきません。


庭仕事で後輩たちに汗をかいてもらう予定でした。
しかし天気が悪くなるので中止です。

庭のドカタ仕事で、彼等にたっぷり汗をかいてもらおう。
手には血豆、すねに生傷、とことん肉体をいじめれば、
かつての仲間意識が蘇るのでは、と期待したのです。


予定が狂いました。
ワタクシひとりで汗をかき、ヘトヘトになりました。
チェーンブロックで石を据えるのですが、
高さや、向きや、傾斜に納得がいかず、上げたり下ろしたりを
繰り返すこと10回以上。

事前の予定では、腕組みをしたワタクシが、
後輩たちに指示を与えるだけのはずでした。








母校は5年制です。
国立の夜学部って期間が長いみたいで。
しかしそれが、好結果につながることもあって。

私が4年生に進級したとき、大勢の先輩が卒業し、
一級下の後輩も退部し、だれもいなくなり、
結局一人だけの山岳部となりました。
ワンゲル部は盛況なのに山岳部は廃部寸前です。

急いで新入生を確保せねばなりません。
悩んだ末に、とっておきの殺し文句を考えました。

「オンナに一番もてるクラブは山岳部だ!
         オレが証拠だ!!  」  
 
いわゆる疑似餌です。
スレていないのが幸い。
一匹がかかると、後が面白いように釣れました。
弾みで二年生もひっかかってきました。













五ヶ所に後輩たちが集まりました。
わたしにとって、目にいれても痛くないヤツラです。
ひとり欠けても寂しい。

この歳になってはじめて、後輩たちの存在の大きさに
思い知らされます。
後輩たちに手足になってもらおう。
目標は先輩たちの山歴を超えるハイグレード山行と。
周辺の大学山岳部から一歩抜け出すこと。

疑似餌でひっかけた後輩たちは愚痴ひとつ言わず
ついてきました。
貧乏な学生は忍耐力だけが取り柄です。
ときには、
授業が終わり夜の9時過ぎに、名古屋城に集合させました。
急峻な石垣が練習場。
牧歌的時代だったんでしょう、夜警のオマワリさんが励まして
くれたこともあったっけ。

卒業まで2年間の記録です
●春の前穂高岳・北尾根、 槍ケ岳・北鎌尾根登攀、
●夏の北穂高・滝谷、 剣岳・長次郎尾根の難ルート登攀
●冬の五竜岳〜鹿島槍ヶ岳縦走

短期訓練で、よくもここまでやれたものです。

今改めて思うことは、
ワタシみたいな我がままで、自己中心的で、うぬぼれものに
おとなしく・・・ついてきてくれた。
いったい彼等にどう報いたらいいのか、
ただただ、涙、涙の感謝しかないのです。

そして、願うならば
これからの第二の青春を、昔とおなじように過ごせないかと。



きっともう、
コリゴリだ・・・というだろうか


翌日は合歓の里で昼食と温泉です。
釣りの世界では「寄せ餌」といいます。

おいしいものと温泉は加齢者のヨロコビ。
これに加え、五ヶ所の釣りと自然で理性を麻痺させたい。

居付かないかなあ
せめて
3年に一度でいいから集まってほしいなあ