潮騒の山
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発作的に山に登りたくなりました。
かねてから目星をつけていた局ケ頂。

標高は311m。
頂上から眺める太平洋は、きっと独り占めできるでしょう。
観光地化されていないのが嬉しいです。


登山口は海抜2m。
たかだか300mの登りです。

楽して頂上に立てると思うと申し訳ないね。

バス停のベンチに腰かけていた老人が
わざわざ登山口まで案内してくれました。

重ねて申し訳ありません。











振り向くとオラが町が、と勝手に思いたい、

日本の忘れかけていた風景です。

どこまでものどかで小さな漁村。


















尾根づたいに歩いていくと期待どおりの風景が
待ちうけていました。

痩せ尾根がパッと開け、
足元には目がくらむほどのオーシャンブルーが広がります。





長い尾根道はアップダウンの繰り返し。
ウバメガシが密生しているため、ほとんど視界が
効きません。

健脚向きのコースだと知るのが遅すぎました。
登り始めてから2時間も経っています。

完全な勘違いでした。
そんな鬱積を吹き飛ばす出会いがあろうとは・・・

水も食料も持たず完全空身の無謀登山者。

長い道のりは彼の素性を知るには十分です。

最後の急勾配に嫌気がさしたころ、ハシャギ声が
聞こえてきました。
一足先に頂上に立った彼の興奮が伝わってきます。

わずか300mの高さなのに、なんと雄大な景色なん
でしょう。


眼下に広がる砂浜は塩竃浜(しゅうがはま)。
シマダさん(無謀登山者)の眼が釘付けになったまま
動きません。
それもそのはず、そこは彼の遊び基地だったのです。

シマダさんの故郷は大方竈(おおかたがま)。
そこは製塩を生業とする平家の隠れ里だったんだと、
知らされました。

彼の歳はワタクシと同じ。


「一度でいいから、子供のころ遊んだ浜を、山の上から
 見てみたかった」



   
   手前が砂浜で奥が磯場。
   一日のほとんどは磯場にいたのでした






「夏休みは毎日が塩竃浜です。お昼は弁当なんか無かった
 からアワビを採ったり、畑の芋を盗んでいました」

「昔からここは禁漁区だったから、見回りの船が来たら
 咄嗟に岩陰に隠れたもんです」と、照れ笑いを隠しません。

「砂浜は船を乗り上げて追いかけてくるやろ。だけど岩だ
 らけの磯は船だって近づけんし、磯のほうが安心やった」



そもそも塩竃浜は秘境の地と言われています。
山の峠を上り下りして通う他はなく、子供の足で一時間
ぐらいでしょうか。
勉強嫌いの5、6人が、いつもの仲間だったようです。



つぎつぎと思い出を語り、何を聞いても退屈しません。
とくに面白いのがこれ。

「磯遊びに夢中になって、帰るときは大潮の満潮になって
 いました。
 磯伝いに帰れないから、しかたなく急な岩場をよじ登って
 山づたいに帰ろうとするけど、見た通り断崖絶壁ですよ。
 恐ろしくて何度も死にそうになるし・・・」

さらに面白いのがこれ。

「毎日毎日海の中ですやら、そんで波に揺られてますやろ、
 夜寝るとき、目をつぶると体がかってにフワフワと揺れる
 感じになります。
 毎晩波に揺られているようでフワフワ、フワフワして
 落ち着きませんでした」







シマダさんのお話は今から50年も前のことです。

頂上から浜へ舞い降りれば
そこには彼の少年時代がありました。





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