陽気な春に誘われて、五ヶ所湾の潮干狩り・・・五ヶ所湾のひとこま
なぜ田舎か

事の始まりは、釣り用ボ−ト類の洗い場と、保管場所が欲しいことだった。
海水に浸かった釣り具類は、真水で洗わないとすぐに錆付いてしまうし、
ゴムボ−トであれば劣化してボロボロになってしまう。

名古屋でのマンション暮らしでは、いろいろ厄介で面倒くさい。
わずか3坪でも良い、水道を引いて簡単なバラックでも建てることができたら
どんなに幸せなことか。
都会生活者が長年抱き続けてきた夢物語である。

時代は、大量消費に終わりを告げており、その結果「欲しい物は、何もない
」ことに気づきだした頃。
物に埋もれたうつろな日々を過ごしている内に、貧しい少年時代にあって、
のびのびと過ごした故郷の豊かな自然が思い出されては消え、消えては
現れる。
魚を求めて日が暮れるまで遊びほうけた北陸の、片田舎の風景が年をかさ
ねるに従い、ますます鮮明に魂を揺さ振る。

漠然とであるが、故郷の追体験と釣り道具の後始末を一気に解決するには、
田舎において他はないと思われてきた。
となると性急な性格故、気持だけが急激に膨らみ、いつしか田舎探しを始める
ことに……。

気がはやっていた頃、気乗りのしない妻を伴い、観光がてらこの地にやってき
たのは10年近くも前になるだろうか。
迷いながら4時間近くかけ、心細いトンネルをいくつもくぐって、ようやく辿り着
いた印象は予想通り辺境の地であった。

再度この地を訪ねたのはそれから3年後、いささか目も肥え、新聞広告の値
打ち感に誘われてのこと。
「海付き」という殺し文句のこの土地は、確かに海に接していたが崖が急峻で、
とても降りる訳には行かない。
しかも海に、せいぜい4mぐらいの幅しか接していない。
さらに、緩斜面とはいうものの北西向きときているから冬の風が心配だ。

心細くなった気持ちは、入り江を吹き抜ける早春の強い風に揺れる原生林の
ように、右に左に大きく揺れた。