小屋の前の
岩場より。
後方は西側
の景色

荒波を蹴って

「おじさ−ん どーぞ」
起きて間の無い彼女たちが、恥じらいながら皿を差し出した。
たき火の後始末が少し気になって、朝方小屋の周りをうろついていたとき。
予期せぬ差し入れである。
昨晩のたき火で仕上げたヤキソバが用意してあった。
すっかり冷えていて、のどにつかえて、味わう余裕なんて……とても。

さて、今日の天気は、かねてから練っていた計画をやるべきかどうか迷うところ。
一人乗り用のボ−トに2馬力の船外機を取り付ける。それに引かせて、3人乗り
用のボ−トと、2人乗り用の組み立てカヌ−を数珠つなぎにして、「イザ出発」
でも、ボ−トもカヌ−も定員オ−バ−で、牽引している我がタライ船はのっけから苦
しんでいる。

灯台のある岬をグルリと回り込んで、目指すは中津浜の海水浴場。
入り江の外に抜け、沖に進むにつれて次第に波が高くなってきた。
新たに出現した台風の影響もあって、岩場に打ち寄せる波が尋常じゃない。
磯場より距離をとって進めるが、なにせタライのような舟なので,
舵さばきに苦労させられる。

大波を裁いた途端のこと、タライ船が空に躍り出た。
一瞬のことで泡を食ったが、牽引していたロ−プが波の力に耐えきれずプツーンと
切断。
いままで進行方向ばかり見ていたが、振りむきざま、娘達の14の瞳が焼き付いた。
緊張しているが、微塵もひるむまいと必死の顔だ。

引き返そうかと迷うが、切れたロ−プを手早く結ぶと、とりあえず先に進めることに
した。
灯台を回り込んでしまえば風裏になるので、なんとか安全地帯に入り込めるだろう。
やがて灯台に近づくに従い、波が大きく、荒くなって油断ならぬ状況になってきた。

長く長く感じた緊迫感から解き放されたのは、どうにか灯台を回り込んで、船首の向
きを180度変えた時である。
風裏に位置する中津浜でもうねりが高く、砂浜にボ−トを乗り付けそこない、転覆した
ほどだ。


海水浴の後、陸路で迎えに来ることを約束し、空になったボ−トとカヌ−を再び牽引して
帰りの途に。
帰路は大きな緊張から解放され、少しずつ余裕も生まれて荒波を楽しむことができた。

余程五ヶ所湾の夏休みの思い出が大きかったのか、半年後の春休みには、クラスメ−ト
の女性が大挙押し寄せた。
電車とバスを乗り継いで、大人のいない自分達だけの世界を楽しもうと。
それにしても6畳の小屋に、13人の若き乙女がどうして寝たのか驚きだ。
ふとんは全部で、4組みしか用意してないのだから……。


2年生の夏休みには、一年前と同じメンバ−でやってきた。
あいかわらず運転手つきのぜいたくなバカンスである。
一年ぶりの青少年たちは、みんなそれなりに成長していた。もちろんお化粧のほうも。
「来年の夏休みは、受験で勉強が忙しくて来れないのかな?」
と聞いてみる。
すかさず、いつものように皆で声をそろえて、力強く
「勉強なんて、しませ
ん!」

今、娘は受験期の高校3年生。
相変わらず、必要以上に冷たい関係がつづいているが、五ヶ所湾の思い出で一番大き
かったのは、「荒波のボ−ト航海」だったよと、言う。