婆さんに教えてもらっ
て海草をたっぷり入れ
た畑。
春になると花が一杯。
かごのミカン

ここに通い始めて間もないころ、周りの地形を理解しようと、暇を見つけては近くを
ウロウロしていた。
古くなった自転車を持ってきたので、さっそく遠出する事にした。

湾が一望できる小高い丘がないかと、自転車を押しながら上に上にと登っていく。
人とすれ違うには少し窮屈で狭い路地がつづく。それを通り抜けると民家もまばらと
なる。
偶然、同じ歩調で並んで歩くことになったお婆さんに道をたずねたのがキッカケで、
世間話を始める。
時々歩を止めキョロキョロしている小生が心配になったのか、連れ添って歩いてくれ
る。
一言のあいさつが情の芽生えか。
婆さんの家の前を通り過ぎようとすると、「これ、持ってけ」と、手早くミカンを自転車の
籠に放り込むでは。

とっさのことで嬉しくも照れくさく、礼もそこそこに足早と先を急いだ。
畑では野焼きの煙が漂い、香りが心地よい。
陽光に輝く五ヶ所湾が、民家の屋根越しに見えたり、隠れたり振り向くたびに大きく
広がる。
なんとなく、まどろんでいると畑作の手を休めたお婆さんと目が合った。
「こんにちわ」

「どっから来んなさったね」
一言のあいさつが、またも世間話に膨らむ。
子供たちはすでに都会に出ていったきりで、一人暮らしとかで。
しばし息子の代用品であれば、こんな嬉しい事はない。
息子気取りで話が弾む。
畑作には海草の肥料が一番いいんだわと、 しかし海から遠いお婆さんの畑は、欲し
くても体がキツクテ取りに行けないと、気の弱いことをいう。
婆さんには悪いが、海辺に近い自分の開墾畑を想像してしまった。

庭先に咲く花の出来合いに感心していると、球根を持っていけとさっそく掘り始める。
悪いからいいよと断ると、家の中から抱えきれないほどハッサクを抱えてきて、自転車の
籠に無理矢理ほうり込む。

陽春に誘われて、ふらふらと足を延ばしただけなのに帰りは籠がミカンでいっぱい。
すれ違う村人にテレ笑いの冷や汗が。
盗んできた物ではないと、いちいち説明する訳にいかなくて……。