夏の夜 それにしても臭いなあ。 故郷の友人が言っていたのを思い出した。 「いつか、囲いのなかに生け捕りにされた狸をみたが、ありゃとても臭くて たまらんかった」 その時は、なんとなくうなずいてみせたのだが、あまり納得していなかった。 捕らわれの身では、自分で糞の始末もできないから臭いのも当たり前じゃ ないかしら。 その例では動物園なんかは臭いで溢れているし、それに比べて野生動物は 身ぎれいで、きっと清潔に違いない。 …などと、今の今まで疑いもしなかった。 というのは、ここのところ急速に仲良しになろうとしていたタヌキくんは間違い なく「純野生」であって、ひいきめにも臭いはずはなかろうと信じていたからだ。 今宵のタヌキは、入れ替わり立ち代わり姿を現わしては、消えていく。 チョコチョコとせわしなく動き回ったり、やたらと親に反抗する子ダヌキがいた り、なかには腹ばいになってウトウト居眠りしだす図々しい奴もいる。 中には、大胆にも部屋をのぞき込もうとする奴もいて目が離せない。 ボクも彼らに馴染んでもらおうと、開け放した縁台に少しづつにじり寄ってい った。 夜になっても昼の暑さが残り、しかも風がないので蒸し暑く、とても寝つけな い。 ク−ラ−なんてなく、テレビもないほどで、あまりの静けさで怖いほどの畳4枚 半の粗末な小屋生活である。 人間もしだいに野生と化し、都会でのわずらわしい煩悩も消え失せ、ココロも 果てしなく抜け殻になっていきそうだ。 そうしているとタヌキの警戒心も薄れていくようで、どこかしこから5匹.6匹と、 いちどきにどどっと現れる。 なかには、すっかりくつろいで長居を決め込む者もでてくる。 夜がふけるにつれ今まで姿を見せなかった臆病者も現れ、一族の訪問は波状 的であっても切れ目がなくなってきた。 夜の深みもあって、ますます怪しくも無邪気な空気に包まれていくのだった。 やがてふと、最初はなにか鼻につくものがあったのだが。 ネットリした蒸し暑さはどってことはなかったが、風がよくなかったらしい。 少しづつ空気が、タヌキたちの方からボクの方に流れてきたのだ。 狭くてくぼんだ庭に親と子供、それに親戚に恋人、きっと婚約者だろう者に加え て、多分出戻り娘と、入り乱れての総数11匹。 腹ばいになってまどろむボクの鼻先 数メ−タ−先に、彼らも憩う。 やさしくなったココロに、やさしい風が無情の香りを放った。 ま、とにかく客人達は昔からの縄張りで、自然に動き回っているだけのこと。 不自然なのは勝手に小屋を築き、縁台に身を乗り出している自分なのだ。 口で息をすればそれでガマンできないことはないが、だが しかし…それにし てもたまらない。 友人の言っていたことが、ウソであってほしかった。 窓を閉めれば暑し、窓を開ければ臭しの熱帯夜。 はたして、その晩は眠れたかどうか。 |